飛べるくらい軽くなりたい

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飛べるくらい軽くなりたい

来世は蝶々に生まれたい。そして一生青虫で居たい。

・ブプロピオンを使った禁煙に関しては"こちら"に移植しました。
・コメントブコメ大歓迎です。
・個人的に読んで欲しい記事
出張が楽し過ぎたのでセミ1セミ2下戸の愚痴綿棒

ファミマと焼き鳥屋の話

前にも書いたが、禁煙前はよくウォーキングをしてた。
ウォーキングコースは私の家から1.5Kmくらい離れた高校まで。ちょうど高校生の通学路になっているので、街灯がたくさんあって夜でもそこそこ明るい。

 

目的地の高校をちょっと通り過ぎたあたりに私にとってのオアシス(だった場所)がある。
その名も"ファミリーマート"。お察しの通りただのコンビニだ。ただ一点を除いて。
ここのファミマは店長の趣味なのか何なのかは知らないが、やたらとタバコの種類が豊富なのだ。


JTから出てるやつはもちろん、外国の変なタバコとか、手巻きタバコとか、葉巻とか、シガリロ(タバコサイズの葉巻)とか挙句の果てにパイプとパイプ用の葉っぱまで売っていた。

しかも店長が暇そうなときに声をかけると葉巻の吸い方からパイプの吸い方、そのタバコがどんな経緯で作られて、どのような歴史を辿ってきたかまで教えてくれた。タバコの銘柄と製造日から葉っぱの産地を答えられる人を私は他に知らない。もっとも、それが正しい情報なのかを確かめる術もなかったのだが。

 

「もうコンビニやめてタバコ屋やれば?」と冗談で言ったことがある。そうすると店長はこう言った。「タバコの専門店ってさ何か敷居が高いじゃん?勇気を出して一歩踏み込んだと思えば店員は常連さんとばかり話をしていてすごく居心地が悪い。だから俺はコンビニでタバコを売ってるんだ。コンビニなら誰でも気軽に入れるからね。」と。

店長の顔が赤くなっているように見えた。柄にもないことを言って照れていたのかもしれない。

私は「こんなにかっこええ大人も居るもんだなー」とただただ感動していた。

 

ちなみに私が禁煙の話をしたときにブプロピオンを勧めてくれたのもこの店長だ。別れ際に店長は言った。「禁煙失敗したらまた来なよ。どれでも好きな葉巻吸わせてやるから」と。おっさんのツンデレ程気持ち悪いものはないと思う。

 

そんな思い出を胸に、華麗にファミマをスルーして高校の回りをぐるーっと回って岐路に着く。


帰り道は行きと違って住宅街の中のくねくねした道を歩く。最近できた住宅街だけあって道は明るく歩きやすい。

 

 

 

しばらく歩くと「焼き鳥」と書いた看板が見えてくる。

その焼き鳥屋は空き地に屋台とプラスチックの椅子とテーブルを並べただけの簡素な造りだ。職人の温かみなど微塵も感じさせない。

屋台もテーブルも(もちろん椅子も)野ざらしになっているせいか、その全てが薄汚れて見える。

 

店は夕方の5時半に開いて8時に閉まる。

客も店主も全員じじいだからだ。こちらはおそらく野ざらしにされてはいないだろうが、どこか薄汚れている。

 

これは世界中の愛を込めた言葉だ、どうか誤解しないで欲しい。

 

 

この店は小汚い店主と小汚い店と小汚い客で構成された小汚い世界だ。

 

ここから昔話。

 

この世界に初めて足を踏み入れたのは今年の5月の末のことだ。最近だ。

私の中では半年くらいは通っている感覚だったのでこの記事を書きながら驚いている。

 

この愛すべき小汚い世界に足を踏み入れたのには訳がある。

彼らの団欒が羨ましかったのだ。

 

言い方を変えれば私はそのとき寂しかったのだ。

そして打算したのだ。彼らならきっと私に団欒を分けてくれると。

 

私は客の間を無言で通り過ぎて屋台の前に立った。

 

親父「いらっしゃい」

私「レバー4本、2本はタレで後の2本は塩で、あと砂肝と軟骨、2本ずつ、どっちも塩で。」
親父「あー砂肝は今日は出ちゃったんだ。代わりに何か頼むかい?」
私「・・・オススメってありますか?」
親父「オススメっていったら自家製つくねだよ。俺が言うのもなんだけどここのつくねは天下一品だから。」
私「じゃあそれで」
親父「タレがオススメだけどそれでいいかい?」
私「お任せします。」
親父「じゃあ全部で○円ね」
私「はい。(支払う)」

 

この会話だけは今でも覚えている。日記にも書いてある。よほど興奮していたのだろう。興奮すべきポイントなど一つも無いのに。

 

親父とは焼き鳥屋の店主のことだ。客がみなそう言うので私も親父さんと呼んでいた。
私が注文をしている間に客の一人が私のために席を空けてくれていた。私は後悔した。何故注文のときに「持ち帰りで」と言わなかったのか。

 

確かに私は人の温かさを求めてこの焼き鳥屋に立ち寄った。

でも、もう十分だった。

席の横を通るときに聞こえた客の笑い声。

人のよさそうな店主の顔、そして焼き鳥を焼く手つき。

それだけで私は十分満たされていた。

もう、寂しくは無かった。

 

しかし、焼きあがった焼き鳥はすでに皿に盛られていたし、せっかく席を空けてくれたのを断るのもあれなので、私は大人しく勧められた席に座った。異常なほどの居心地の悪さを感じながら。

 

とりあえず、しどろもどろになりながら自己紹介する。同じテーブルに座った爺さん達もそれぞれ自己紹介をしてくれた。行った事はないが婚活パーティーはこんな感じなのだろうか。誠に不快である。

 

自己紹介をしてもらったはいいが私には彼らの区別が付かない。アメリカ人とカナダ人の区別が付かないのと一緒だ。

 

最終的には諦めて全員を「お父さん」と呼ぶことにした。爺さん達のリクエストだ。

そう呼ばれるだけで30歳は若返るそうだ。

すごい効果だ。私なら消えて無くなれるだけの年月だ。

 

「お譲ちゃん」と親父さんが私を呼ぶ。注文した焼き鳥が焼き上がったので取りに来いと言う。お譲ちゃんと呼ばれるのも、焼き鳥を自分で取りに行くのも、釈然としないが、焼き鳥の前では些細な問題だ。

 

私は爺さん達の間を抜けて焼き鳥を受け取りに行く。

そして爺さん達の間抜けて席に戻る。骨壷を蹴飛ばさないように注意しながら。

 

席に戻ったらすぐに、いただきますといって焼き鳥を頬張る。

どんなに居心地の悪い空間でも食べ物が口に入っている間は幸せだ。

誰とも話さなくてすむ。

そんな私の思惑を無視して話しかけてくる爺さん達。長生きするはずだ。

 

爺「あんたレバー食べれるのか、うちの孫なんて口にいれようともしないよ」

私「・・・このレバーすごく美味しいですよ、・・・よかったら一串どうです?」
爺「いやいや、それはIちゃんの分だ。それより飲み物どうだい?ここにはビールから焼酎まで何でもあるよ(なぜか爺さんが自慢げに)」
私「・・・私下戸なので」

爺「なに、飲めないの?あーそりゃ残念だ、うまい酒教えてあげようと思ったのに」

 

この時点で私の愛称はIちゃんになっていた。Iは私の苗字。

お譲ちゃんよりは幾分マシだろう。

「お父さん」に比べれば100倍マシだ。

 

適当に会話を受け流しつつ、私は焼き鳥を食べ終える。

他にもっと話したほうがいいのかなと思いつつも、私は空気の読めないゆとり世代

皿と箸を屋台に返し、「ご馳走様でした。それでは」と皆に一礼して颯爽とその場を去る。

相手に呼び止める隙を与えない完璧なドロンである。


居心地は最悪だったけど、焼き鳥はとても美味しかった。居心地は最悪だったけど。

次は持ち帰りにしようと決意して私は帰路に付いた。

 

次の日。そこには爺さん達と一緒に仲良く卓を囲む私がいた。どうやらこの店には持ち帰りというシステムが無いらしい。

 

ちなみに爺さんどもは私が帰ったあとに「私が明日また来るか」で賭けをしていたらしい。

昨日私に席を譲ってくれた爺さん以外は皆(店主含め)「来ない」に賭けていたそうだ。

一人勝した爺さんが、「今日は全部俺のおごりだから精一杯食えよ!」と言ってくれたので、何の遠慮もせずに昨日は食べられなかった砂肝や、美味しいレバー、つくねを中心に食べまくった。

 

その日は奢って貰ったということもあり閉店まで爺さん達に付き合った。

8時を過ぎると爺さん達は食器を返してテーブルと椅子を空き地の脇に片付けて、「では、また」と言って解散していった。


爺さん達が帰ったあと、私も帰ろうと思った時に「何でまた来たの?」と親父さんに声をかけられた。

 

私はここに来てはいけなかったのだろうか。

 

そう思いながら親父さんの顔を見上げると「昨日、居心地悪そうだったから気になった」との事。

「もう来るなと」言われるかとドキドキしていただけに、ほっとした私はつい正直に答えてしまう。「レバーと、あとつくねが美味しかったからです」と。

それなら仕方ないなと親父さんがつぶやいた。

 

ここまで昔話。

 

いつものことだけど、書いてるうちに何を書いてるのか分かんなくなったでござる。

多分続かないです。

 

2016/9/7に書き直したけどやっぱり意味分からんね。

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