モノより思い出
今日ベッドが壊れた。
昼寝をしようとベッドにダイブしたら足が折れた。
ベッドの突然の職務放棄のせいで、私は顔を壁に打ち付けることになった。
ストライキを起こされるほど私のベッドへの待遇は悪くなかったはずだ。
私の体重は平均よりも軽い。少なくとも耐加重の1/3以下だ。
それに私はこのベッドを”眠る”と"座る"以外の用途で使用したことが無い。他の使用方法なんて思いつきすらしない。
最後に、このベッドはいわゆる"ソファーベッド"というタイプのものだが、私はこのベッドを買って以来、ベッドの状態とソファーの状態の切り替えを数回しか行っていない。ずっとソファーの状態で使用していた。それは、ソファーの状態で寝ると、ちょうどいい狭さが私に安心感を与えてくれたからでもあるが、一番はベッドのことを労わっての事であり、少しでも長く使いたいという私の思いの表れだったのだ。
その恩を仇で、それも自らの足を折るという強硬な手段で返したこのベッドを、許すことなど到底無理な話だった。
私は即日行動を起こした。
電車を乗り継いでいった先は大型のインテリアショップだった。
3階のフロアには一面にソファーが並んでいる。
私はもう、ベッドなどという貧弱なものを買う気は無かった。
ソファーの状態でしか使わないのだから最初からソファーを買えばいいのだ。
デザインや座り心地、寝心地などを確かめながら私はソファーを物色していく。
テンションが上がってくる。
もうね、率直に言う。
これね、楽しい。超楽しい。
ソファーを選ぶだけでこんなに楽しいなんて思わなかった。
色も形も座り心地も寝心地も、それぞれ特徴があるソファーたち。
いっそ今のベッドとは全然違う色のものを買ってインテリアも一新してしまおうかとまで考えた。
そこそこお客さんが入っているお店でソファーに寝転がるのは少々恥ずかしい。
しかしそれを差し引いても楽しさのほうが上回る。そんな空間。
まさに夢のような時間だった。
そんな風に浮れながら物色すること数時間。
ようやく私は最高のベッド、もといソファーを見つけ出した!
座り心地も寝心地は最高。お値段はちょっときついけどギリギリ許容できる。
結局今使っているベッドと同じ色を選んでしまったのは少々悔しいが、十分満足な買い物だと思った。
早速店員さんを呼んで購入と配送の手続きをお願いする。
そこで意外な事実が発覚する。
ソファーが私の家の玄関を通らないというのだ。
向かいのアパートとの間隔も狭いため、窓からの搬入も無理だと言われた。
夢の時間は終わった。
私は店を後にして家路を急いだ。
家に着いた私は無言でベッドをひっくり返す。マットレスを支えるための足は合計で10本。その内2本が折れていて、さらに3本が折れかかっていた。私はハンドソーを取り出すと残りの8本の足を切り取った。
一時間後、そこには少し背の低くなったソファーベッドがあった。
ソファーとしてはかなり低くなって座りにくくなったが、ソファーの状態にして元の場所に設置する。
それはきっと。私に包み込むようなやさしい夢を与えてくれるだろう。
もう、ベッドにダイブするのは止めようと思った。